明治初期の日本では、福沢諭吉の米国見聞録『西洋事情』(英語では「Go East, Young Man」と訳される)などアメリカの素晴らしさを吹聴する書物が巷にあふれ、新聞にもアメリカ帰りの者の迫力に満ちた体験談が掲載された。(*5)長い鎖国ののち、突如海外に目を向けはじめた日本の若者たちはそうした喧伝に触発されてアメリカに降り立つ。右も左もわからない彼らに最初に手を差し伸べるのは先に渡米した先輩の日本人書生たちであった。青年会、革命党などの小さなグループができ、本国から離れた自由な雰囲気の中、書生らしく声高に国家を論じあう光景が見られた。中でもキリスト教徒の集団であったサンフランシスコ福音会は、新参の日本人に宿や職を世話し、若い活気に満ちてその後も発展を見せていく。(→安孫子久太郎参照)
この時期、米国の技術をしっかりと身につけて日本に持ち帰り国の発展に貢献した人もいる。(*6)このような学生たちはもちろん一定期間の滞在ののち帰国することが前提であり、アメリカに住みつくものはごくまれだった。この傾向はその後やってきた労働者たちにも共通している。
農民および労働者の1890年代
当時日本政府が発行したパスポートの、目的国別・職業別内訳が資料として残っている(*7)。これを見ると、それまでは学生(Student)を中心に発行されていたパスポートが、1890年ごろからは漁業・農業関係者(Fishery/Agriculture)にその上位を譲りつつあることがわかる。その理由について元UCLA教授のロバート・ウィルソン氏は、地租改正に伴って地券を与えられ税金が払いきれなくなった日本の小作人がアメリカに活路を見出そうとしたものだ、と説明している。続いて1896年ごろからは、労働者(Laborers)が急増する。多くは日清・日露戦争の兵役を逃れようとした人々、また戦争から帰ってきて日常生活になじめなくなってしまった退役軍人たちである、と同氏は言う。(*8)
彼らはアメリカでひと財産築いて祖国に凱旋帰国することを夢みていた。「私はアメリカで成功した」という人々の輝かしいサクセス・ストーリーが日本の新聞に載り、日本での日常に行き詰った者たちの心をかきたてた。こうして渡米した出稼ぎ労働者たちは農業や漁業、鉄道、炭鉱等の労働に従事し、小金をためた後やはり帰国していった。
日本人移民のイメージ
そこに、中国人移民と日本人移民との違いがあった。日本人はアメリカに居つかず、いずれ帰ってしまう。出稼ぎにやってきて安価な労働力を提供し、ドルを稼いでは本国に送金し、そして去っていく。仕事は実直で手先が器用、労働力としては抜群のコスト・パフォーマンスを誇り、アメリカ人労働者は太刀打ちできず職をとられてしまう――。これが排日論者たちの、日本人をこころよく思わない理由のひとつであった。
中国人移民との類似点もある。いかにもアジア的な、博打好きという特徴である。農業や炭鉱労働に携わる日本人集団は過酷な単純労働のうさをはらすために、ギャンブル・ハウスをつくって博打に興じた。そして、男性ばかりの職場に必然的にあらわれる売春宿。このような光景はアメリカにおける日本人全体のイメージを悪くしていった。
註:
(*1)Wilson and Hosokawa. East to America, p37.
(*2)East to America, p37- 排華移民法によって中国人人口が減少の一途をたどり、20年後には一時的に日本人人口が中国人のそれを上回った。
(*3)1864年には肥後藩から横井左平太が渡米し、65年には薩摩藩から森有礼、鮫島尚信、長沢鼎らがイギリスへ出発し後にアメリカへと渡っている。新島襄がボストンで学んでいたのもこの頃である。1866年海外留学が解禁されるとさらに多くの留学生が海を越えた。アメリカへは福井藩から日下部太郎が、仙台藩からは後の総理大臣高橋是清が派遣されている。
(*4)1861年にワシントン州ポートランドへ渡ったスズキ・キンゾウなる人物、彼はその記録の少なさから未だに謎が多い。1867年に渡米したとされる高橋梅吉については、死後墓が発見されて初めてその存在が明らかになった。そのほか、田中文蔵、赤羽根忠右衛門など。1876年に米海軍船に紛れ込んで渡米した大貫八郎はアリゾナで大きな経済的成功を収めた。
(*5)1889年、時事新報は「立志出世田中鶴吉漂流物語」として田中鶴吉のアメリカ体験談を連載。結果的には失敗談であったにもかかわらず、異国で精力的に活動する田中の姿は渡米志向の若者たちの心を刺激した。(米国日語協会一世史編集委員会「一世史」)
(*6)森永製菓の創設者森永太一郎や、日本労働組合運動のパイオニア高野房太郎、現在の理化学研究所創設者高峰譲吉、「武士道」の著者新渡戸稲造などなど。
(*7)The Imperial Statistical Annals- East to America, p35.
(*8)East to America, pp46-48.
参考文献;
- Takaki, Ronald. Strangers from a Different Shore; A History of Asian Americans. Boston: Little, Brown and Company, 1989.
- Wilson, Robert. A. and Bill Hosokawa. East to America; A History of the Japanese in the United States. New York: William Morrow and Company, Inc., 1980.
- 米国日語協会一世史編集委員会編「一世史」PMC出版 1987
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