忠誠登録
Loyalty Questions



 両親が、離婚する。
「お父さんとお母さん、どちらについていくか自分で決めなさい」
と言われる――。そんなことになったら、あなたはどうするだろうか。

どちらに忠誠を
 1943年2月10日、全米の日系人強制収容所において、「出所許可願」(*1)という名のアンケート用紙が配られた。30以上ものクエスチョンからなるこの質問状によって、収容所内では蜂の巣を突付いたような騒ぎが持ち上がった。

「日本とアメリカ、どちらに忠誠を誓うか自分で決めなさい」

 太平洋戦争が引き起こした日米両国の「離婚」話は、荒野に隔離された11万人もの子供たちの「親権問題」に発展していた。国家規模の離婚は、いち夫婦の離婚よりも始末が悪い。突然のことで戸惑う子供たちに、両親は冷たく言い放つ。
――3週間以内にどちらかを選ばないと、逮捕しますからね。(*2)

質問27 あなたは米軍兵士として従軍し、命令されればどこの任地へでも赴く意思がありますか?(女性の場合、看護部隊に志願する意思がありますか?) YES NO

質問28 あなたはアメリカ合衆国に無条件の忠誠を誓い、いかなる外国もしくは国内からの攻撃に対してもこの国を忠実に守りますか? また、日本国天皇やその他の外国政府・権力・組織への忠誠や恭順について、それがどんな形のものであれ否認しますか? YES NO
 (*3)


 これが、「忠誠登録」と呼ばれて後々まで汚名を残すことになった2つの質問である。
 米政府が知りたいことは、結局これにつきた。敵性外国人として収容所にぶち込んでおいてから忠誠を問うというのもおかしな話だが、いかにもアメリカらしいストレートな質問ではある。戦争が長引くにつれて、経費がかさむ日系人収容所の運営は政府の頭痛の種となっていた。なんとかして収容人数を減らしたい。それには、外に出せる日系人と出せない日系人を分ける必要があった。

アメリカ政府の思惑
 一方、太平洋における戦局は熾烈を極めていた。米軍における負傷者は増え続け、兵士が足りなくなってきている。自己を犠牲にしてまで突進してくる日本兵の無謀なまでの勇敢さに、アメリカは驚いた。おそろしい国民性だ。しかし、これは使えるかもしれない・・・。


 忠誠登録に先がけて、愛国的日系二世の団体JACLからは、日系人の志願兵のみからなる部隊を作って従軍したいという請願が政府に寄せられ、陸軍省は1月28日にこれを許可していた。後に結成される第442部隊である。つまりこの忠誠登録、特に質問27は、いわば徴兵対象年齢の二世たちに対する兵役志願の督促であった。

 質問27が二世を狙い打ちしているとすれば、質問28は一世をターゲットとしていた。アメリカに忠誠を誓い、日本への恭順を捨てよと明言しているのである。アメリカ市民権のない一世たちは混乱した。

*日系人関連史跡訪問記録*

忠誠登録
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帰化したくてもさせてくれない国が、忠誠心の有無を聞いてくる。NOと答えて祖国日本への忠誠を示せば、危険分子とみなされて隔離されるかもしれない。しかしYESと答えてアメリカに忠誠を誓えば、いまだ日本に国籍がある自分はいったい何国人になるのだろう。そしてその後日本が戦争に勝ったら、罪に問われるのではないか。(*4)
 各収容所では、一世・二世・帰米たちがそれぞれ別個に集会を開き、盛んに対応を検討し合った。話せど話せど不安はいや増し、デマや憶測が飛び交った。

YES YES  NO NO
 数字的結果から言えば、登録対象者(17歳以上の収容者)約7万8千人のうち、この2つの質問に両方ともYESと答えたのは約6万5千人。84%にあたる。(*5)この数字が多いのか、少ないのかの評価は容易ではない。また、YES YESと回答した人々のすべてがアメリカに無条件の忠誠心を持っていたわけでもない。なぜなら、彼らがこの結論にたどりつくまでには、人それぞれ様々な要素があったからだ。

 まず、100%の忠誠心をもってYESと答えたグループがいる。JACLメンバーに代表される愛国心豊かな二世たちだ。アメリカ生まれの若者は自らをアメリカ人だと明確に規定し、この国に忠誠を誓うことでむしろアイデンティティを確認することができると考えた。それから、これまで長く生活の土台をこの地に築き上げてきた一世たち。もう戻るべき祖国はない、この国の土となる――そんな覚悟を込めた回答。あるいはまた、兵役を志願する息子を持った一世の親たちの中には、自らもアメリカに忠誠を誓うことによって自分自身を納得させ、愛する息子を戦場に送り出す苦しみを乗り越えたいという人も多かった。

 これに対して、どちらの質問にもNOと答えた人々もやはり複雑な事情を抱えていた。ひとにぎりの国粋主義者・天皇崇拝者はもちろんのこと、祖国日本に銃口を向けるなど到底できないと考えた人々。収容されながら兵役にとられることをどうしても納得できなかった二世。自らのアイデンティティに揺れていた帰米二世。また、YESと答えれば収容所を放り出される、とおびえた人々もいた。収容所生活は本意ではないにせよ慣れてしまうと案外快適で、むしろ日本人への敵意が激しい外部の風を恐れたのである。そして、両親と別れることを望まなかった子どもたち。

 家族がばらばらの回答を出したら引き裂かれてしまうのではないか、という懸念は判断に大きな影響を与えた。家族のうちで意見が分かれた場合、出所許可が下りた者でも自分の回答にかかわらず家族とともに残ってよい、とされてはいたのだが、それまでとことん裏切られ続けた日系人たちはもうアメリカを信用することができなかった。

 忠誠忠誠というが、結局のところそんなに格好の良いものでもない。YESならアメリカ、NOなら日本と、無条件でどちらかをしか選べないこの二分法が、日系アメリカ人にとってはそもそもナンセンスだったのである。彼らにとっては、何よりも現実的な行く末の問題――息子が兵役にとられるのか、家族が一緒にいられるのか、忠誠を示せば出所できるのか、不忠誠を示したら隔離されるのか――の方が、身につまされて重要だった。

YES NO  NO YES
 2つの国の間でさまよい、割り切れない答を抱えたままに、人々は登録の日を迎えた。自分の心を説明しきれず、質問のどちらかをYESに、どちらかをNOにするという手段をとった人々もいる。こうした回答も「不忠誠」とみなされた。
 日本への帰還を希望した者はこの質問状に答えなくてよいとされたため、この時期かなりの人数が届けを出して日本への帰還船を待つという結論を出した。こうした人々は「不忠誠」のレッテルを貼られたグループとともに、カリフォルニア州北端のツールレイク収容所へ送られた。


註:
(*1)Application for Leave Clearance、直訳すると「出所許可願」となる。かさむ経費が深刻な問題となっていた強制収容所から、外に出しても安心な日系人を選び出すためというのがこの忠誠登録の主眼であり、その意思が反映したタイトルとなったのだろうとWeglynは推測する(Years of Infamy, p132)。
(*2)当初は3月2日までに登録完了の予定であったが、事態が紛糾し収拾がつかない収容所もあったため3月10日に延長された。登録しないと逮捕される、というのは根拠の無い脅しで、実は「登録は強制ではない」というお題目であったはずなのだが、管理当局にすらその通知が行き届いておらず、このデマは一般に信じられていた。そして実際、登録を拒否する運動が起こると、アジテーターとみなされた人々は捕らえられユタ州モアブの秘密キャンプに投獄された。
(*3)質問の原文は次のとおり。
27. Are you willing to serve in the Armed Forces of the United States on combat duty, wherever ordered?
28. Will you swear unqualified allegiance to the United States of America and faithfully defend the United States from any or all attack by foreign or domestic forces, and forswear any form of allegiance or obedience to the Japanese emperor, or any foreign government, power, or organization?
質問28は、収容者たちがその非合理性を訴えて激しく抗議したため再検討されることになった。「あなたはアメリカの法律を遵守し、この国が戦争を遂行するにあたってなす物事を、どんな形であれ妨害しないことを誓いますか?」というのが、その後提示された修正案である。しかし、そのころには一部の収容所ではすでに登録が完了していた。
(*4)英語をじゅうぶんに解さない一世たちの間では、終戦間際まで日本の勝利が信じられていたという。ラジオを通して大本営発表を聞きながら、彼らはわずかな望みにかじりついていた。
(*5)デイ「日本の兵隊を撃つことはできない」p89. ただし、収容所ごとに登録環境が異なったため単純に全体の平均値だけで判断することはできない。たとえば質問28に対してNOと答えた者および回答拒否の割合は、最も低いグラナダで2%、最も高いツールレイクでは42%にものぼった。(各収容所のパーセンテージはThomas and Nishimoto, The Spoilage, p62.を参照。)


参考文献

  • Weglyn, Michi. Years of Infamy: The Untold Story of America’s Concentration Camps. New York; William Morrow and Company, Inc., 1976.
  • Thomas, Dorothy Swaine and Richard S. Nishimoto. The Spoilage: Japanese American Evacuation and Resettlement during World War II. Berkeley; University of California Press, 1946.
  • デイ多佳子「日本の兵隊を撃つことはできない:日系人強制収容の裏面史」芙蓉書房出版 2000.




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